ライターブログトップへ

地獄・極楽への扉を開く『往生要集』を描いた”死後の世界”へ

地獄・極楽への扉を開く『往生要集』を描いた”死後の世界”へ

夏にはどうも「地獄もの」の展覧会が多いように思います。お盆だからか、ゾクッとしたいからか。地獄といえば京都の「六道珍皇寺」「六道まいり」お寺の井戸からこの世とあの世を往き来した小野篁のお話を思い出す。昨今のマンション暮らしでは、お仏壇のあるお家も少なく、お盆にお家にお坊さんが来られるなんてこともなく、ましてやお盆にご先祖様をお迎えする準備をするなんてことはなおさらないに等しいかもしれない。人が家で最期を迎えることも少なくなり、その場に居合わすことも少なくなったかもしれない。

ご先祖をお迎えするというお盆の時期を挟んで1000年忌特別展 源信 地獄・極楽への扉』展が奈良国立博物館で開催中です。「源信」が執筆した『往生要集』がその後の地獄と極楽のイメージに大きく影響し、日本で表現されてきた「極楽と地獄」を観てみようという展覧会です。

内覧会の折に館長のお話で「源信」と聞いても“ピン”と来ない人が多いかもしれませんとのこと、まさに私がそうなのでした。以下は、全く知識がなかった私が、「源信」という人や「源信」の執筆した『往生要集』や「源信」が広めた「浄土信仰」を少しでも分かりたいと図録を参照して、その内容を纏めたものです。

「源信」 (942-1017)とはどのような僧だったのでしょう。

源信は、奈良の当麻で生まれ育ちました。近くには極楽浄土を表した「綴織當麻曼荼羅」を本尊とする當麻寺があり、その曼荼羅を幼き頃より目にしていました。今回の展覧会でも江戸時代のものですが 、前期に當麻寺蔵《當麻曼荼羅(貞享本)》、後期に西来寺蔵《当麻曼荼羅》で源信が目にした曼荼羅をしのぶことができます。源信の母親がとても信仰が篤く、近くの高雄寺の観音菩薩像に祈念して生まれたのが「源信」です。この像と伝えられる高雄寺蔵《観音菩薩立像》も展示されています。源信の姉妹も出家しています。母の願いに沿って「源信」は僧となり、日本の天台宗の総本山 比叡山延暦寺の横川へ入りました。この横川の恵心院に住んだことより「恵心僧源信」と呼ばれています。「源信」が横川へ入山した時期は、慈恵大師良源(912-985)が中興を進めて活気をとり戻していた時期でした。「源信」は良源の下でエリートコースを進める存在でしたが、その道を離れ、政治的交わりからは距離をおく立場をとりました。その背景には政治と結びつき権勢的な師良源に批判的な同時代の僧の存在があり、また、「源信」の前の時代には市井で浄土信仰を広めた空也(903-972)がいました。



滋賀 荘厳寺 空也上人立像



東京国立博物館 国宝一遍聖絵 七巻



 




 

 

 

 

 

 

後世に大きな影響を与えた「源信」の業績

『往生要集』の執筆。『往生要集』は、極楽往生の指南書です。「先行する経論から抜粋と整序」とあり「知的な書物だが創造的な作品ではない」と上川通夫 愛知県立大学教授は図録に書いておられます。理解しやすい文言を採用することにより地獄と極楽が具体的にイメージ出来るようになったそうです。「源信」は『往生要集』を中国の宋へ送っています。漢文で書かれており、そのまま中国に伝えることができたことに改めて驚きました。後には訓読され、平安貴族の間では口ずさむほどになっていたそうです。



京都 浄福寺 往生要集 巻上・巻中





滋賀 聖衆来迎寺 恵心僧都源信像



「二十五三昧会」(にじゅうござんまいえ)に思想的支柱かつ実践的指導者として参加。「二十五三昧会」とは、『往生要集』にある往生のための死に方「臨終行儀」の実践のために横川の天台僧が集まった結社組織です。今でいう「ターミナルケア」だそうです。死に行く人が極楽往生できるように、準備し最期まで看取り、往生の証拠を記録するように説いているそうです。臨終時のイメージトレーニングといわれても・・・というところから、人々が阿弥陀来迎の様子を具体的にイメージできるように絵画化されました。「阿弥陀来迎図」は、その後の浄土信仰において、多様に描き続けられ、新たな仏教絵画世界を生み出すことになりました。

「源信」は、「釈迦講」を組織し、釈迦在世時の仏弟子に倣う生活を送り、その様子が 聖衆来迎寺蔵《霊山院釈迦堂毎日作法(前期展示)に記されています。「源信」の往生の日は弟子により書き留められています。「身体を清浄にし、阿弥陀の手に結んだ糸を取って念仏を始め、やがて疲れそのまま眠るような最期だったそうです。まさに自分の描いた往生の在り方でした。この最期の迎え方にジーンと来ました。阿日寺蔵《恵心僧都絵伝(前期展示)からもその様子が伝わってできます。

『往生要集』は、藤原道長の愛読書となり、貴族社会にも広まりました。道長は法成寺阿弥陀堂を、その子頼通は平等院阿弥陀堂を自身の臨終行儀の道場として建立しました。

「源信」が実践した往生時の阿弥陀聖衆の来迎を再現する演劇的儀式である「迎講」は、12世紀以降盛んになりました。展覧会では法隆寺と當麻寺の菩薩面が展示されています。當麻寺蔵《當麻寺縁起 下巻》(前期展示)では、中将姫の極楽往生を表現する法会の様子が描かれ、「迎講」の様子が伝わってきます。現在も當麻寺では毎年514日に「練供養」と呼ばれて行われているそうです。

奈良 當麻寺 當麻寺縁起 下巻



12世紀にはたくさんの阿弥陀堂が建立されました、それは地獄に堕ちる不安を振り払おうとする行動であろうと、梯信暁大阪大谷大学教授は図録に書かれています。13世紀には、庶民層までこのような不安や恐怖が広がり、鎌倉時代以降「浄土教」は、社会に蔓延する不安感から人々を解放する宗教として発展します。

『往生要集』は、短い序文の次にいきなり「地獄道」が描写されているそうです。『往生要集』を手にした人はまずここでガツーンと衝撃を受けたはず。展覧会では 3章「『往生要集』と六道絵の世界」として、表現された地獄の世界を紹介しています。「地獄道」「餓鬼道」「畜生道」「阿修羅道」「人道」「天道」の「六道」これを輪廻するのです。このぐるぐるまいから抜け出して「極楽」へ逃れるため、「源信」は「念仏」こそが最善の手段だと勧めます。聖衆来迎寺蔵《六道絵》15(前期展示)が揃って展示されています。13幅で恐ろしい六道の様子を描いたうえで、残る2幅で念仏による極楽からの脱出を描き、「救済」があることを伝えています。鎌倉時代に作られたこの《六道絵》は、『往生要集』だけでなく様々な経論を踏まえて描かれているそうです。事細かに描かれたこの「六道図」をじっくり見るには単眼鏡などをお持ちになるのがお勧めです。奈良博のTwitterでこの作品について分かり易く解説されていますので、是非参考になさってください。後期に展示される 金戒光明寺蔵《地獄極楽図屏風》では、六道の内「人道」と「地獄」に限定して描かれ、彼岸と此岸のイメージを具体的に表しているようです。

《九相図》は、美人も死んでしまえばみな同じ?感を持ちました。



九州国立博物館 九相詩絵巻



現在の私たちからすれば、ちょっと笑える地獄の鬼たちも登場します。今どきの子は「嘘ついたらエンマさんに舌抜かれるよ」なんて叱られないのでしょう。

加須屋誠奈良女子大学教授は、図録の中で「六道絵は・・・これほど悲惨な世界であっても仏の救いは必ずあること、衆生を救済する仏の力がいかに偉大かを知らしめるために、暗澹たる世界を表象したととらえるべき」と書いておられます。

 

果たして私たちはそこまで読み取ることができるでしょうか。

4章では「来迎と極楽の風景六道の輪廻から離れて極楽浄土へ生まれ変わることを人々は強く願いました。

京都 即成院 二十五菩薩坐像



地獄のイメージの可視化と同様に、上述した「迎講」の実践や「阿弥陀来迎図」やそれを立体造形とした造像も作られました。この展示室では、そうした来迎の仏の姿や光景を表現した作品が並びます。奈良博で開催された『快慶展』での阿弥陀如来立像も浄土教の像として繋がります。



前期展示では、なんといっても知恩院蔵《国宝 阿弥陀聖衆来迎図(早来迎)です。



京都 知恩院 阿弥陀聖衆来迎図(早来迎)



画面左手に桜咲く山景を描き、経典を机に並べ合掌して待つ往生者のもとへ、楽器を奏で、踊りながら来迎する様子が描かれています。

阿弥陀様から往生者には金色のビーム光線放たれ、阿弥陀聖衆が載る白い雲は、後ろに尾を引くように描かれその速さを感じます。



兵庫 香雪美術館 帰り来迎図



珍しい香雪美術館蔵《帰り来迎図》私は初めて観ました。

往生者を迎え取って浄土へ帰る一行は、蓮台に座っています。(帰りは座りなの?と) 阿弥陀如来の横に座る観音菩薩の両手の中には金色の蓮台に座る往生者の僧が合掌して座っています。あぁ~私はそこまで見えていませんでした。図録で見るその姿は愛らしくさえあります。ほっとしたのでしょうね。旅立った往生者の家の前で帰り来迎の一行に鬼が手を合わせて見送っています。

後期には上述した《地獄極楽図屏風》と対をなす金戒光明寺蔵《山越阿弥陀図》が展示されます。山の後ろから金色の阿弥陀三尊が現れる様子を描いたもので、阿弥陀の指の部分に五色の糸が付けられ、臨終時に往生者がこの糸を持ち、『往生要集』に書かれた臨終時の儀礼に用いられたものと伝えられています。この図であったかは定かでないが、テレビでその体験の様子を見て以来、私長く一度見たいと願っていた阿弥陀三尊です。8月下旬から和歌山 有志八幡講蔵《国宝 阿弥陀聖衆来迎図》も展示されます。「源信」と縁の深い巨大な阿弥陀来迎図らしいです。

今でいうキャラがたっているせいか、Twitterのタイムラインに流れる極楽地獄では、圧倒的に地獄に軍配が上がっているようです。博物館の撮影スポットも来迎場面でなく、地獄の場面でした。超高齢化社会を迎え、「終活」と言いながら、私たちの「死生観」はどうなのだろう。何によりどころを求めればいいのでしょう。真摯に死と向き合った僧の姿や昔の日本の人々の死生観から私たちの今を考えるヒントが見つかるかもしれません。

「観想」「聖衆」「臨終正念」「臨終行儀」など、まだまだよく理解できない仏教用語もたくさんありました。私自身が、全く知らないことばかりでしたので上記のようなブログとなってしまいましたが、難しいことは抜きにして、「地獄と極楽」の様を表現した作品は。小さなお子さんでも十分に楽しめます。また。日本の「地獄と極楽」のイメージを紹介する場としても海外からの方にも是非お出かけして頂きたいと思います。



【開催概要】1000年忌特別展 源信 地獄極楽への扉 詳細は⇒
・会場:奈良国立博物館 HP
・開催期間:前期:2017715()~86() 後期:88()~93()
前後期で大きく展示替えがありあます。 詳しくは⇒「出陳品一覧」
・休館日:毎週月曜日 ※ただし、814()は開館
・開館時間:午前930~午後6時(入館は閉館30分前まで)
☆☆毎週金・土曜日と8/6()~8/15()は午後7時まで
・子供無料日:7/29()7/30()、小中学生は無料、保護者は団体料金
【公開講座】時間:130~3 会場:奈良国立博物館講堂 詳しくは⇒コチラ
8/5()「浄土の造形-源信以後を中心に」武笠朗 実践女子大学教授
8/19()「『往生要集』の成立-天台浄土教と源信の信心-」小原仁 聖心女子大学名誉教授
9/2()「源信の浄土信仰の美術」北澤菜月 学芸部主任研究員

※お子様向けイベントはすでに定員に達し、募集を締め切っています。

licoluise の紹介

ARTが好きなのか?美術館に行くのが好きなのかしら? 行きかけると拍車がかかって、前のめりになっている今日この頃かもしれません。 「知らない」「???」が増えるばかりです。
カテゴリー: +展覧会   タグ: , , , , , , , , , ,   この投稿のパーマリンク
この記事を書いているのは
licoluise

licoluise

MUSEUMコンシェルジュになりたいが、ARTには全くの素人。山間部育ち、専攻は「東洋史」、ただただ美術館へお出かけするのが大好きな私が、阪神間の美術展、アート関連施設やアートイベントなどについてアートへの思いを綴ります。つたない文章ですが、読んでくださる方々が、お出かけしてみようかなと思ってくださるきっかけになればと思っております。

コメントは受け付けていません。