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兵庫県立美術館「モランディ展」内覧会に参加して感じたこと。

兵庫県立美術館「モランディ展」内覧会に参加して感じたこと。

12月の初め待ちに待った『モランディ展』が始まって早々に出かけていき、その時の感想を書いてしまった私ですので、TwitterかFBで再度発信してもいいかなと申し込みました。どちらにせよ、もう一回は観に行かないとどうもすっきりしないモランディでした。




始めに30分ほど担当学芸員さんからモランディについて、今回のモランディ展の見所などの説明を受けました。

担当学芸員さんのお話はまずモランディの生きた時代でした。

モランディは1890~1964、10歳年上にピカソ(1981-1973)、10歳年下にマグリット(1898-1967)、さらにはダリ(1904-1989)、イタリアでは未来派の台頭やデ・キリコの形而上絵画やシュルレアリズムと従来とは違う絵画が次々と生み出された時代でもありました。また、モランディの生涯には2度の大きな戦争も起こっています。初期にはキリコの形而上的絵画に影響を受けた作品もみられますが、激動ともいえる時代背景の中でその生涯に描いた作品はほぼ同じトーンの作品でした。

モランディの時代背景を知ってしまうと流されずに自分の作品を追究し続けるその姿勢にまず驚きを覚えてしまいました。モランディは生涯独身を通し、イタリアのボローニャに居住し(60代になって2度ほどお隣のスイスへ旅行している)、ヴェネチア・ビエンナーレやサンパウロ・ビエンナーレで大賞を受賞した後も変わることはなく、受賞のコメントもひどくそっけない物であったという事でした。確かに作品のタイトルもそっけなくほぼ「静物」です。言われてみて、改めて気付いた次第です。

前回観て回った経験を踏まえて、今回は「セクション解説」を手にそれを読みながら作品と見比べてじっくり鑑賞することが出来たように思います。影の出来方、瓶や器の置かれた場所の変化、光の当たり方、ハイライトの入れ方、そして塗りの厚さなどにも注目出来ました。同じ様に見えてもさっーと薄く塗った物と念入りに仕上げた作品の違いにも気付けました。

1時間の鑑賞後の参加者による感想及び意見交換では

自分が全く気付いていないポイントも伺えて

大変興味深かったです。

 

「モランディ」と聞いてピン!とくる方はそう多くなく、なぜ今モランディなのか?またこの企画展の狙いは何かとの質問に、詳しくはプレスリリース を見てほしいという事でしたが、日本でモランディ展が開催されたのは今回で3度目、17年ぶりの開催となるという事でした。2011年に開催される予定でしたが、東日本大震災の影響で開催が出来なくなってしまったそうです。その時の開催地であった神奈川県立近代美術館へも巡回してほしいとのTwitterも見受けられました。

今回は兵庫県美の後、東京ステーションギャラリー、岩手県立美術館へ巡回します。

今回の企画展はこれまでのモランディ展とは違い、時系列に作品が展示されていない所が大きなポイントです。同じ様な作品を並べて見比べることによって、「やっぱりちがう、全然違う」と感じることが出来るようになっています。モランディの様に生涯を通しぶれずに自分の作品を追究した画家にはこの展示がとても有効なのかもしれません。担当学芸員さんたちの意図は?どう観てほしいのか?とお聞きしましたところ、展示作品の多くがボローニャモランディ美術館の所蔵であり、担当学芸員さんたちはその代弁者であるとの回答でした。サブタイトルの「―終わりなき変奏―」もモランディ美術館でのイタリア語の日本語訳であるという事です。

モランディ作品の影についての質問がありました。殆どの作品が対象物の向かって右に影が描かれているが、水彩で左に影が描かれているものがあった(チラシ裏面一番下⑦)がとの質問でした。学芸員さんが訪れられたグリッツァーナのアトリエの図を描いて説明されました。モランディのアトリエでは、フェルメールと同様に向かって左に窓がありそこから光が差し込み対象物の向かって右に影が描かれていることとなったのでしょう。他のアトリエやグリッツァーナのアトリエの他の場所に対象物を並べることがあったかもしれない。しかしそれよりも自然光だけでなく人工光も反対から当てて実験してみたのではないかという回答でした。“成程”と思った次第です。モランディは花も描いてますが、それはほぼ造花を描いており、人工光を当ててみたとの考えも十分ありだと思うのです。



モランディが一番敬愛していたのがセザンヌとうことで、セザンヌの多くの視点で描かれたオレンジやリンゴの様に、モランディも様々な視点から描いているのかを尋ねてみました。卓上に置かれた瓶や器となっているが、卓上ではなく床に置いて描いたのではないかとの指摘もあったそうです。実はモランディは190㎝を越える大男であっためにこの視点になったとも考えられるという事でした。セザンヌのリンゴとかを見ていると輪郭から色がはみ出ていたりすることがあるのですが、そこに私はリンゴの実在を感じてしまいます。モランディも目の前にある対象物を繰り返し描きながらもその中の実在を捉えようと更に繰り返し描くことになったのではないか?とも感じました。それはやがてある種の抽象へとも繋がることとなったかもしれません。



モチーフも描き方も色彩もタイトルまでも生涯大きく変わらなかったモランディですが、似て非なるもので、一つとして同じものはない。「11回が0からの出発として描いたのではないか」という指摘にもう目から鱗で「確かに、そうだ」と思わず唸ってしまいました。

一人の画家の作品を100点も観ることが出来るのはとてもラッキーな事で、その作家への理解が深まります。今回内覧会に参加させて頂いて、他の参加者の方の作品へのアプローチや学芸員さんから直に聴くお話と気付かされることばかりでした。

2月6日(土)にも学芸員さんの解説会がありますのでご参加されては如何でしょう。














 

 

 



















 

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ARTが好きなのか?美術館に行くのが好きなのかしら? 行きかけると拍車がかかって、前のめりになっている今日この頃かもしれません。 「知らない」「???」が増えるばかりです。
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MUSEUMコンシェルジュになりたいが、ARTには全くの素人。山間部育ち、専攻は「東洋史」、ただただ美術館へお出かけするのが大好きな私が、阪神間の美術展、アート関連施設やアートイベントなどについてアートへの思いを綴ります。つたない文章ですが、読んでくださる方々が、お出かけしてみようかなと思ってくださるきっかけになればと思っております。

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