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クラーナハが描く女性たちは、強くてしたたか。“クールビューティ“?

クラーナハが描く女性たちは、強くてしたたか。“クールビューティ“?

私にとっては、待ちに待った『クラーナハ展 500年後の誘惑』@国立国際美術館が開催中です。

しかし、意外や意外「クラーナハ」(父、1472-1553年)が巷ではそれほど知られていないらしい。北方ルネサンスを代表する画家で、誰もが一度は社会の教科書で目にしたことがある宗教改革の「マルティン・ルター」の肖像画を描いた画家です。

この時代のデューラー(1471-1528年)は早くから日本に受け入れられていたのに、その陰に隠れてか?はたまたかの妖しい女性の裸婦像が日本では受け入れがたかったのか?1900年代の初めには日本に紹介されていたし、16世紀のヨーロッパでは貴族や諸侯に大流行し、ヨーロッパの多くの美術館で所蔵されているが、日本では所蔵が少ないように思われる。

マルティン・ルターが「95か条の論題」を発表してから今年でちょうど500年、これまでこれほどの「ルカス・クラーナハ」の展覧会を日本で開催されたことがない。クラーナハの代表的な作品が大阪へ巡回してきました。そうです、「カラバッジョ」は、東京だけで帰ってしまいました。

とても楽しみにしていた訳ですが、ヤン・ファン・エイクなど何故かこの手の画家に惹かれて魅力を感じていただけで、実はよく知らなかったクラーナハでした。同時代デューラーは、キリストになぞらえた自画像描いて自分と向き合い、『人体均衡論四書』を著し、女性の裸体像も科学的な視点から描き、エロティシズムとは無縁な感じです。『イーゼンハイム祭壇画』を描いたグリューネヴァルト(1470/1475-1528年)は、残された作品数も少なく、裸体画は描いていないようです。

クラーナハは、父親も画家で父親から手ほどきを受けて育ちました。「クラーナハ」は、生誕地のドイツの「クローナハ」にちなんだものだそうです。遍歴修業を経て、1500年頃、ルネサンス文化が形成されたウィーンに滞在していました。150533歳の時にザクセン選帝侯フリードリヒ賢明公の招きでヴィッテンべルクの宮廷画家となり、77歳まで3代の選帝侯に仕えました。その選帝侯の肖像画が展示されています。フリードリヒ賢明公は、ヴィッテンベルク大学も設立しました。人文主義者が集う知的環境の高いウィーンに習っての事でしょう。クラーナハは、1508年に宮廷画家としてフリードリッヒ賢明公から「コウモリの翼をもつ冠を被った蛇が金の指輪をくわえる」紋章を授かり、それを自分の工房の商標の様に使用しています。その紋章にもご注目下さい。

ヴィッテンベルクでのクラーナハは、宮廷画家というだけでなく、大きな工房を構え、印刷所を経営し、書店を経営し、薬種取引権を与えられて薬局も経営する、大地主にしてお金持ちで、市参事会員となって、市長も3回も務めるというマルチナな人でした。工房で制作された作品は、クラーナハ()自身が描いたのはどれなのか、判断できないそうです。クラーナハは、仕事が速い“との評判でした。クラーナハの工房では、表現の定型化、規格化が行われ、作品のクオリティにばらつきがなく、量産されています。そういえば、クラーナハの女性像の顔はどれも似ています。

風が吹けば桶屋が儲かるではないですが、描くための絵具などは自分の薬局で調達でき、宗教改革関連の出版は、装丁、挿絵も手掛けて、自分の印刷所に回してせっせと印刷しては、経営する書店で売ったりもする。ルターの果たした大きな功績の1つに“聖書のドイツ語訳”を習いましたが、そのドイツ語訳版聖書に一役買ったのもクラーナハでした。

カトリックでは禁じられていた神父の結婚が、ルター夫妻の肖像を描いて新教では司祭も結婚が許されることを知らしめ、宗教改革を推進したルターの肖像画を何度も描いては、版画などの印刷物として広く流布しました。ルターは、ある種の「偶像」(アイドル)となって、イメージ戦略を推進することになってしまいました。

クラーナハは改革派のアート・ディレクタのような存在でありながら、ルターの最大の敵だった枢機卿アルブレヒト・フォン・ブランデンブルクや、自身が仕えるザクセン選帝侯と敵対していた皇帝カール5世からの注文も数多く受けていました。つまりは、合理的な経営者でした。クラーナハの工房が作り上げていく誘惑的で妖しい女性像をルターはどの様に受け止めていたのかと誰もが思うところです。クラーナハに女性の裸体画が多くなるのは、宗教改革が始まった1510年代終わりごろからだそうです。新教と言えば、厳格なイメージを持つ私ですがそうではなかったのでしょうか。

宗教改革後、宗教画の注文が減り、上流階級の家の私室やクンストカマー(芸術の部屋)と呼ばれる貴族たちのコレクションルームを飾る作品としてかの妖しき女性の裸体像が流行したようです。対をなしたと言われる《ヴィーナス》と《ルクレティア》、S字曲線の身体表現、イタリアルネサンスに見られる豊満な女性像ではなく、すらりと伸びた足、小さな胸、なのに装飾過剰ともいえる頭や胸元の飾り、あるのかないのか分からないほどのスケスケの薄い布、この布とそれを持つ手が曲者です。視線もどこを見ているのやら、絵の背景は黒く、彼女たちが浮き出て見えたのではないでしょうかしら。クラーナハは、北方ルネサンスとして古代神話に由来するヌードを初めて描いた画家です。神話を隠れ蓑に人間の心の襞に入り込み誘惑する若い女性たちを描きました。現在東京都美術館で開催中されている同時代のティツィアーノ(1488/1490-1576の描く裸婦像とはあまりに違っています。

《不釣り合いなカップル》の若い娘にデレデレの年老いた男や《ロトと娘たち》のロト、《ヘラクレスとオンファレ》のヘラクレス、なんとヘロヘロではないか。若い女の誘惑に落ちる情けないていたらくな男を描いてほしいとの注文だったのかしら?自らへの戒めもあって私室に飾って眺めていたのかしら。実は、クラーナハ自身にかの女性たちに誘惑されたい願望があったのかも。


究極は《ホロフェルネスの首を持つユーディット》ユーディットに寝首を掻かれたホロフェルネス、切り口も生々しい気持ち悪い首よりも死してもなお恍惚としたホロフェルネスの表情の方がもっと気持ちが悪い。その髪の毛に指を絡ませるユーディットの感情が全く読み取れない冷徹な表情。この作品は、3年の修復を経ての初公開で、細部までよく見える。細い髪の毛11本も、遊び毛1本も丁寧に描きこまれ、首のチョーカー?の細部、洋服の胸元の装飾と隅々まで描きこまれています。これには単眼鏡で観たいほどです。男どもを誘惑する若く美しき女性たちが何を企んでいるのか?「あかん」「やばい」と分かっていながらもその姦計にまんまと引っかかってしまう。女性の計り知れない心のうちがもっと怖いかも。

クラーナハが描く着衣の女性たちの衣装は、当時の流行のモードです。デコルテを飾る豪華な宝飾、ドレスの袖などには切り込みを入れて下の地を見せるようになっています。この切り込みはもともとドレスが体にフィットするように入れられたものらしいですが、そのうち切り込みの下から見えるのもおしゃれとなったようです。《ホロフェルネスの首を持つユーディット》の指を観てぎょっとなりますが、これも皮の手袋に切り込みが入っていて、下から指輪も見えているようです。デューラーの《野兎》の目には、「アトリエの窓が映り込んでいる」らしいですが、《ホロフェルネスの首を持つユーディット》のどこを見ているのかさえ掴めないユーディットの瞳には窓枠が写っているようです。

大阪展では、森村泰昌が扮した《Mother(Judith)》が展示されています。クラーナハの作品の首を落とされながらも恍惚とした表情のホロフェルネスは、誰か?そうだ「森村泰昌」に似ていると感じ、絶対この作品を森村さんが手掛けないはずがないと思っておりましたが、森村さんの解釈による森村流のぎょっとする《ホロフェルネスの首を持つユーディット》森村さんは、どんなふうにクラーナハを解釈していたのか?宗教改革の推進者としてルターのよき友でありながら、妖しげな裸婦像を量産したアンビヴァレントな存在、クラーナハ。何を読み取りますか?

【参考】
今回、図録が手元になく、とてもお世話になってしまいました。
・青山四郎著『ルカスクラナッハとルター』1984 グロリア出版
市の図書館にあった唯一のクラーナハ関連の本です。
・日曜美術館 「謎のヌード クラーナハの誘惑」
・出かけよう「日曜美術館」その舞台を巡る第32 ドイツ・ヴィッテンベルクへ クラーナハ旅
・ぶらぶら美術館・博物館 #226 ドイツ・ルネサンスの巨匠「クラーナハ展」
・世界史用語HP<宗教改革 http://www.yk.rim.or.jp/~kimihira/yogo_hyousi.htm
 
・会  期:2017128日~2017416()
・会  場:国立国際美術館
・開館時間:10:001700(金曜日は10001900)※入館は閉館の30分前まで
・休館日:月曜日、3/20(月祝)は開館、翌3/22()は休館
※同時開催
【ピエール・アレシンスキー展 おとろえぬ情熱、走る筆】
・会  期:2017128日~201749()
現在進行形の画家、日本の書との関係性は、アンフォルメルと書の関係性にもあるように感じました。
また、私たちは、「書」を書くときに紙を下に置いて書く、そんな当たり前のことが、書が「抽象芸術」として捉えられ、ポロックのドロッピングスタイル に通ずるとの考えには、ちょっとびっくりです。

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ARTが好きなのか?美術館に行くのが好きなのかしら? 行きかけると拍車がかかって、前のめりになっている今日この頃かもしれません。 「知らない」「???」が増えるばかりです。
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MUSEUMコンシェルジュになりたいが、ARTには全くの素人。山間部育ち、専攻は「東洋史」、ただただ美術館へお出かけするのが大好きな私が、阪神間の美術展、アート関連施設やアートイベントなどについてアートへの思いを綴ります。つたない文章ですが、読んでくださる方々が、お出かけしてみようかなと思ってくださるきっかけになればと思っております。

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